新社会人必読。礼儀正しく「生意気」であることが世渡りの基本【福田和也】
福田和也の対話術
■宮本輝さんの貫禄
一方、よくない生意気は、例えば私の著作にたいしてツッコムといったタイプの自己主張の仕方ですね。そういうやり方は、礼を失するだけではなくて、粗放で的をはずれた形になりがちです。周到なリサーチが出来ていない以上、批判は批判である程度関係を作ってからじっくりやればいいのです。
だから、「生意気な人」は生意気といっても、緊張もなければ、勇気もいらない。せいぜい職場での軋轢(あつれき)を覚悟するくらいなので、たいしたことはない。それは、他者にたいしてのみならず、自分自身にたいしての甘えでもあるのです。それは、自恃(じじ)をもつ者にとっては、いたたまれないくらい恥ずかしいふるまいではありませんか。
私が云う「生意気」というのは、もっとしっかりした、というか誇り高いものなのですね。自分よりも圧倒的な相手にたいして、敢えて切りつけようという覚悟と緊迫が必要なのです。それは時に傲慢に似ているかもしれませんが、有力な相手にたいして傲慢であることがもたらす危険を十分に意識した傲慢さであるならば、つまり自らが意識的に引き受けたものであるならば、構わないのです。それは円満ではないかもしれないが、緊張と気迫に満ちているでしょう。
そして、このような気迫や緊張こそが、一日に何人も初対面の相手と話をするような有力者に、あなたを認識させる、あるいは言葉を届かせることを可能にするのです。
大体、ある程度の地位なり力量をもった人間にとって、若い人に期待するものとは、生意気さだけなのです。もちろん生意気な若い人を嫌う有力者もいます。でもそういう人は、若い人のエネルギーや、型破りさが鬱陶しくなってしまっている、つまりは精神のキャパシティが衰えつつある人なのです。
このように衰えてしまった人を相手にしても仕方がありません。そういう人は、いずれにしろその地位、あるいは力を早晩失うでしょうし、若い人にチャンスを与えたり、あるいは意見や提案を聞いたりするような柔軟性にも活力にも欠けています。ゆえに特段配慮をして相手にする必要もないのです。むしろ、この生意気さを受け止める度量があるか、と相手を測るというほどの気構えで対すればいいのです、きちんと「礼儀」を弁(わきま)えてさえいれば。
さらに、気迫は、若い人を魅力的なものにします。それは安易な媚の数倍輝くものですし、しかも誘惑的な姿勢のように、あなたを間違った場所に連れていくことはありません。たしかに仕事以上の関心を「生意気」なあなたに抱く可能性はあるでしょうが、しかしそれは「媚」のもたらす、「与くみしやすい」というような姿勢のものではなく、ある程度の尊重をともなったものでしょう。
ここまで読んでいただければ、お解りだと思いますが、「礼儀正しい生意気さ」は、ただ自己紹介の時にとるべき態度であるだけではありません。若く、これから世間で旺盛に生きていく意志をもった方たちすべてがとるべき基本的な姿勢なのです。
一方、もはや誰も疑えないほどしっかりと自分の立場を築き、作り上げている人にとっては、「生意気」とは逆に、気さくさや、率直さが大きな魅力となります。つまり若者が、「生意気」によって自分の「分」の上に出るとすれば、仰ぎ見られる人々は、自分の「分」の下に出てみせるのです。
私はもう四十にさしかかっていますが、文壇といった場所でまだ「若手」と呼ばれています。その若手の中では、もっとも生意気かつ攻撃的とされていて、年配の方には煙たがられますし、嫌われることが多くて、相手から声をかけてもらうようなことはほとんどありません。
数年前、ある文壇のパーティで編集者と話し込んでいたら、向こうから宮本輝さんが近づいてきました。「あっ、宮本輝だ」と思っていたのですが、もちろん面識もないし、誰か編集者に紹介してもらわなければこちらから話しかけるわけにもいかない。と思っていると、すすっと寄ってきて、「僕、宮本輝といいます。あなたの文章、いつも読ませてもらっていますが生きがよくて面白いですね。楽しみにしています」とだけおっしゃって去っていった。
これはかなり爽やかでしたね。たいして偉くもないのに勿体(もったい)ぶってばかりいる大家気取りの作家が多いなかで、宮本さんのような、本物の大家が、自分から若僧に声をかけて、威張り散らすのでもなく励まして去ってゆく。経歴と貫録を重ねれば重ねるほど、柔軟さと率直さが価値をもつのだ、と認識させられました。
(『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』より本文一部抜粋)
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